624 エディー・ジョーンズ体制2年間における「不自然性」の構造分析


2025年11月23日

序章 HC選考──示されなかった「透明性」と「公平性」

2023年7月、日本ラグビー協会は新HC選考プロセスの一部を、エグゼクティブサーチのオジャーズ・ベルンソン社に委託すると発表した。これは第三者の評価を交えて透明性、公平性をもって進めることが目的だったが、協会からの進捗発信がない中、豪メディアがW杯開幕前にジョーンズ氏と日本協会関係者がオンラインで面接していたと報じた。岩渕専務理事は面接は否定したが、節目節目で協会発の状況開示がないことで、情報の錯綜を招いた。

最終候補の3人に残ったフラン・ルディケ氏は立候補で計2回の面接を行ったのに対して、他薦のエディーの面接はW杯後の1度のみ。サントリーでキャリアを築いたエディーと土田会長は懇意とされる。

協会発の情報開示の欠如と、出来レースと揶揄される納得し難い選考結果。ファンや、他の候補者らに対し「透明性」と「公平性」は、最後まで示せなかった。


第1章 代表選手選考システムの不自然性──規範の揺らぎと実務の不整合

1.1 代表選考における透明性の欠如

代表チームにとって選手選考は戦術以前の制度的基盤である。選考に透明性、合理性、一貫性が備わっていることは、選手の心理的安全性や競争環境の健全性を担保する。しかしエディー体制では、選考のプロセス自体が曖昧で、選考基準の説明も断片的であった。

一般に代表選考の基準は、
(1)国際レベルでの実経験
(2)所属クラブでの安定的パフォーマンス
(3)将来性を評価した限定的な育成枠
の三要素により構成される。

しかし同体制では、これらの枠組みが体系的に適用された形跡は限定的であり、選手のリーグワンでのパフォーマンスと代表招集の相関関係が薄く、競技成績よりも「監督の構想への適合性」が優先される傾向が強まった。結果として、リーグワンで突出した活躍を見せる選手が招集されない一方、リーグワンでそのポジションに就いていない選手が国際舞台の正ポジションとして起用され続けるという逆転現象が生じた。

また、
選手を短期間で評価 → 一時的に構想外 → 数試合後に再招集 → 再び構想外
といった、評価軸の揺れを思わせる選考も散発した。

1.2 自然な競争原理の崩壊

代表選考において最も重要な価値は「競争」である。だがこの2年間の日本代表は、競争が自然発生的に維持される環境ではなかった。特定の選手が試合で精彩を欠いても、次の試合で再び先発するケースが続き、選考の自明性が失われた。この不自然な固定化構造は、他のポジション争いを行う選手たちの心理的エネルギーを削ぎ、実力主義の根幹を揺るがす結果を招いた。

1.3 スタンドオフ選考の象徴性

特に顕著な現象が、リーグワンでスタンドオフ(SO)を主務としていない選手を、日本代表でSOとして継続起用し続けた点である。SOは国際ラグビーにおいて「戦術的心臓部」と位置付けられるポジションであり、代表レベルのSOは所属クラブで継続的にその役割を担っていることが事実上の前提条件となる。しかし日本代表では、クラブでSOを本職としてプレーしていない選手を代表でSOとして重用するという、原則から大きく逸脱した運用が継続された。これは単なる人選上の特例ではなく、戦術設計における中枢性の軽視として理解されるべき事象である。

SOの判断速度、空間認知、試合運びの熟度は、日常的なポジション経験によって培われるものであり、代表活動のみで補える範囲を大きく超える。したがってこの不自然な起用は、
・アタックの停滞
・局面判断の遅延
・スキル選択の保守化
に直接的影響を及ぼし、攻撃効率の低下を招いた。

この選考は、選手本人にとっては不当ではなく、責任は構造にある。だが構造としての不自然性は明確であり、国際基準とのズレを可視化する現象であった。


第2章 スタッフ構成の不自然性──不在の専門職がもたらす理論的欠損

2.1 バックスコーチ不在という異常性

近代ラグビーの戦術構築は、各部門が高度に専門化されることによって成立する。特にバックス部門は、アタックデザイン、キック戦略、ラインスピードの管理、後方スペースの支配といった複雑な要素が統合される領域であり、トップ10級の代表チームで専任コーチを置かない例はほぼ皆無である。

そのような国際標準の中で、日本代表が攻撃担当を含むバックス専門コーチを設置しなかったという事実は、制度的観点から極めて異例である。この構造は、チームの技術的課題が明確であったにもかかわらず、その課題に対する専門的アプローチが制度上排除されたことを意味する。

結果として、
・アタックの連動性の欠如
・キック戦略の精密さの不足
・トランジション局面での組織的反応の遅れ
といった課題が改善される兆しはほぼ見られなかった。
つまり、専門性を欠いた組織構造が、そのまま戦術的停滞として可視化されたと言える。

この空白は、戦術の精度低下のみならず、選手間のコミュニケーション体系にも影響を与えた。バックスの選手たちが持つ個人スキルは高いが、スキルを結びつける体系的知識を共有する場が欠けていたのである。

2.2 監督の兼任負荷と限界

エディーは、コーチングの多くを自ら抱え込む傾向を持つが、現代のテストマッチ環境では監督が攻撃の細部まで設計することは現実的ではない。情報量の増大、分析データの複雑化、選手管理の領域拡大によって、専門職不在の影響は指数関数的に拡大する。

2.3 スタッフ体制が揺らす“チーム文化”

スタッフ不足は単なる現場の問題にとどまらず、選手側の文化形成にも影響した。選手は自らのプレーを強化するために、専門家からフィードバックを得たいという欲求を持つ。しかし、専門領域のコーチ不在は、選手が自力で埋めるしかない領域を増やし、チームの内部でスキル獲得の格差を深めてしまう。


第3章 負傷者の異常な増加──身体的破綻の構造要因

3.1 離脱者の多さは偶然か

この2年の日本代表では、負傷離脱者が過去に例を見ない規模で発生した。テストマッチはフィジカル負荷が高いとはいえ、これほどの連続的離脱は通常の競技環境では説明しがたい。

3.2 コンディション管理の不整合

この体制下で最も顕著であった“量的異常”が、離脱者数の突出である。国際レベルのラグビーにおいて負傷者が出ること自体は自然な現象だが、この二年間における離脱者の総数と頻度は、統計的に見ても例外的水準に達していた。

高強度トレーニングの導入自体は、国際基準への歩みとして正当である。しかし、
・代表活動期間の短さ
・選手の疲労蓄積度
・リーグワンとの兼ね合い
を踏まえない強度設定は、選手の生体負荷限界を超過させるリスクを孕む。

身体的離脱が継続的に発生する構造は、
「チームの骨格が形成される前に、その骨格候補が欠損する」
という循環を生み、戦術定着や連係構築を阻害する決定的な要因となった。これは、負荷管理の“個別最適化”ではなく“全体最適化”が欠如していたことを示す一例である。

3.3 戦術的未整理が招いた“過負荷”

戦術の未熟さは、選手の身体に余計な負担を強いる。例えば、
・ラインスピードが噛み合わず、余計なタックル距離が発生
・サポートラインが整備されず、個人の走行距離が増加
・ターンオーバー防止のための過剰な接触プレー
これらは直接的な怪我ではないものの、慢性的疲労の蓄積を通して怪我の発生確率を上昇させる。


第4章 戦術体系の不連続性──不自然さの最終的な帰結

4.1 ゲームモデルの不確立

現代ラグビーにおいて「ゲームモデル」とは、チームの哲学・攻撃・守備・局面判断の総合的枠組みを示す概念である。だが、エディー体制ではこのゲームモデルが明確に成立したとは言い難い。

試合ごとに語られる方向性(超速、キッキングラグビー、ブレイクダウン圧力など)は異なるものの、試合の実像として再現されたケースは少なく、戦術の定着過程が断絶していた。

4.2 選手の判断にゆらぎが生じる構造

戦術が曖昧であれば、選手は局面での判断基準を定められない。
・ボール保持か、キックか
・アタック継続か、エリア獲得か
・セットアップのテンポを上げるか、落ち着かせるか
判断基準が揺らぐほど、プレーの質は低下する。 この揺らぎこそが2年間の象徴的現象であった。

4.3 精神文化への影響

戦術の不整合は選手間の信頼にも静かに影を落とす。
「この戦略で勝てるのか?」
「明日の方向性は変わらないのか?」
という不安は、選手の自己効力感を削ぎ、チームへの没入感を低下させる。勝利よりも、方向性の見えなさがチームに負の影響をもたらす。


おわりに──「不自然」を越えるために

エディー・ジョーンズ体制の2年間は、単なる失敗や停滞ではなく、チーム運営における“規範の揺らぎ”が連続的に発生した期間であった。
・選手選考
・スタッフ構成
・負傷管理
・戦術体系
はいずれも、世界基準のラグビー運営では本来“自然”であるべき領域である。しかし、その自然な規範が多数の点で逸脱し、それが選手たちの心身、競技力、文化に累積的影響を与えたことは否定できない。

とはいえ、選手たちは揺らぐ構造の中で、常に最大限の努力を続けてきた。
彼らの献身は疑いようがなく、むしろこの2年間が日本ラグビーに突きつけた教訓は、未来を改善するための貴重なデータである。
透明性・専門性・一貫性という本来の“自然な規範”へと日本代表が立ち返ることができれば、今回の不自然は決して無駄ではなくなる。

「不自然」とは、理念が現実の条件を超過したときに発生する構造的歪みの総体であると言える。今後日本代表が再び競争力を取り戻すためには、理念の刷新よりも、まず実装基盤の整備が不可欠である。すなわち、

・選考プロセスの体系化
・専門コーチの配置
・負荷管理の科学的統制
・ポジション原則の再確立

によって、理念と現実の接続点を再構築することが必要であろう。問題の所在を曖昧にせず、原因を直視し、制度を整え、文化を健全化すること。それこそが、勝敗を超えた“代表チームの本質的価値”を取り戻す道である。



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