652 スコット・ロバートソンHC退任についての個人的考察
2026年1月21日
先日、オールブラックスのスコット・ロバートソンHCの退任が発表されました。一部では選手たちの反発が原因かとの報道もありましたが、個人的にはもっと根深いものがあるような気がして、過去の経緯などを色々調べてみました。以下、断定的な文調も多々ありますが、これはただ文章書くのが好きなだけの無責任なヲタクの、何の確証もない、あくまでも個人的な見解や考察に過ぎませんので、「ふ~ん、そういう見方もあるのね」くらいの感じで気軽にご覧ください。
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1. スコット・ロバートソンHC解任の背景
① 異例の就任経緯が最初の「歪み」
ロバートソンはクルセイダーズで圧倒的な成功を収め、ファンの待望論も非常に強かった。しかしロバートソンは監督就任を巡って、他国代表監督就任を示唆する / 情報リークが疑われる行動を取るなど、ニュージーランドラグビー協会(以下、NZR)に強い圧力をかけ続けた。その結果、W杯前に次期監督を発表するという、NZRの伝統を覆す異例の決定がなされ、これ自体が保守的なOB層や組織内部に大きな反発を生んだ。
②改革派と保守回帰派の交代
当時のNZRのCEOマーク・ロビンソンは、アメリカの投資ファンド Silver Lake との提携など、商業化・改革路線を推し進めた人物で、ロバートソン起用もその延長線上にあった。しかし、2023年末にはパンデミック下での業績低迷などによる Silver Lake への追加出資を迫られ、その結果、第1回W杯優勝キャプテンのデビッド・カーク新CEOが誕生した。このCEOの交代劇によって協会内の力関係が逆転した。「グラハム・ヘンリー/スティーブ・ハンセン時代への回帰」を志向する保守的価値観が再び主流となり、ロバートソンを守る後ろ盾も消えた。
③ コーチ陣崩壊
ロバートソンは就任時に異例の自由裁量を与えられたが、レオン・マクドナルド(現キヤノンHC)の早期辞任やジェイソン・ホランド、コーリー・フリンらの離脱により、最終的に身内中心の体制に縮小し、組織的な説得力を失っていった。
④ 決定打となったレビュー体制
2025年末、デビッド・カークCEO、ドン・トリッカー(黄金期のパフォーマンスレビューを担当した人物)、ケビン・メーラム(オールブラックス一筋で若くしてNZRアンバサダー)という”黄金期の価値観”を体現する3人が、2025年シーズンのレビューを担当した。ロバートソン体制の勝率74%は、イアン・フォスター時代の70%より改善し、世界的に見れば十分優秀だったが、ヘンリーの85%、ハンセンの87%を基準にする彼らにとっては「失格」だった。
⑤ 「記憶に残る勝利」がなかった
南アフリカへの大敗、アルゼンチンへのホーム敗戦など、象徴的な敗戦は多く、象徴的な勝利がなかった。フランス戦3連勝も相手が2軍では評価もされず、印象を覆せなかった。
つまりロバートソン監督は、単なる成績不振で切られたのではない。NZR内部の権力構造の変化と「オールブラックスはこうあるべきだ」という黄金期回帰の価値観に合わなかったために切られたのではないだろうか。
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2. なぜNZRは”黄金期回帰”に傾いたのか
① オールブラックスは「国家神話」
NZにおいてオールブラックスは、国民統合の象徴 / 小国が世界に勝ち続ける証明 / 正しいやり方をすれば必ず勝つ、という物語だ。つまりNZRは、勝つだけでは足りず「正しく勝つ」ことを求められる組織だ。ロバートソン体制は勝ってはいたが、勝ち方が不安定 / 支配的ではない / 圧倒的ではないという点で、神話を再生産できなかった。
② NZRは「失敗できない組織」に
投資ファンドとの提携以降、NZRは財務的自由を得たと同時に「結果説明責任」を背負った。改革は本来、試行錯誤、一時的な成績低下を伴います。しかしパンデミックによる収益悪化や追加資金調達を経験したNZRにとって、「実験的な代表チーム運営」は耐えられないリスクになった。そこで選ばれたのが、 「成功が証明済みの過去」への回帰だった。
③ 黄金期回帰は戦術ではなく「価値観の復古」
NZRの黄金期回帰は、フォワード重視 / 規律 / セットプレーだけの話ではない。本質は、国内中心 / 内製主義 / 組織への忠誠 / 個より集団というアマチュア時代から続く倫理観の回復だ。ロバートソンは、個性が強く、メディア操作に長け、自分を売る現代的監督だったが、それ自体が「オールブラックスらしくない」と映った。
⑤ 「勝率」より「物語」
ロバートソン時代には南アに大敗、ホームでアルゼンチンに敗戦という「神話を壊す敗戦」があり、一方で歴史に刻まれる勝利や国民が語り継ぐ名勝負がなかった。黄金期回帰派にとって重要なのは、統計ではなく記憶。数字ではなく語れる物語だ。
⑥ ロバートソン解任は「再建」ではなく「儀式」
だから解任は、成績修正 / 戦力調整ではなく、「我々は原点に戻る」という宣言的行為だった。NZRは国内外に向けてこう言いたかったはずだ。
『オールブラックスは、世界一である以前に、オールブラックスでなければならない。』
今のNZRが黄金期回帰に傾いた理由は、未来を信じきれなくなったからではなく、「過去だけは説明できる」と気づいてしまったから。それが組織として最も安全で、最も国民に理解されやすい選択だったのではないだろうか。
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3. 黄金期回帰は本当に正解なのか?
① 競技構造の変化:黄金期はもう再現できない
ヘンリー/ハンセン時代は、次の条件が奇跡的に揃っていた。
・南半球全体の戦術成熟度が低かった
・欧州勢は選手保護とリーグ運営に忙殺
・NZ国内にタレントが過密に存在
・選手の海外流出が限定的
この前提はすでにすべて崩れている。現在は、
・南アは国家戦略レベルでラグビーを最適化
・フランスはリーグ×代表の二層設計
・アイルランドは育成と戦術を完全統合
つまり 「昔のやり方を正確にやる」ほど、世界との差は縮まらない。
② 戦術面:支配的フォワードは“再現不能”
黄金期回帰派が理想とする、圧倒的フィジカル / 高精度セットプレー / 規律は、もはやNZの専売特許ではない。むしろ現在は、南アの方が強い / フランスの方が厚い / アイルランドの方が組織的だ。NZが同じ土俵で戦えば、「上位互換」に負ける。黄金期のオールブラックスは、重いのに速い / 規律があるのに自由という矛盾を成立させていたが、それは世代的奇跡であって設計論ではない。
③ 人材構造:黄金期回帰は若者を遠ざける
現代のNZ選手は、日本や欧州への移籍を現実的選択肢とする / 個人ブランドを意識する / 代表=絶対目標ではない。黄金期回帰が求める、忠誠 / 国内一筋 / 組織への自己消去は、才能ある若者ほど窒息する価値観だ。結果として、従順だが突出しない選手が残り、個性の強い才能が外に流れる。これは最もNZが避けるべき未来だ。
④ ロバートソン解任が示した“危険信号”
74%の勝率を、世界基準では合格 / 自国基準では失格 と断じた瞬間、NZRはこう宣言した。『我々は世界と競っていない。我々は過去と競っている』。この内向き評価は、ラグビー強国が衰退するときに必ず通る道だ。
⑤ 黄金期回帰の「使いどころ」
黄金期回帰が完全に間違いかというと、そうでもない。組織規律の再整理 / セットプレーの再構築 / レビュー文化の厳格化。これらは土台としては必要だが、黄金期回帰は「基礎工事」であって「完成形」ではない。もし黄金期回帰を目的にしたら → 停滞、黄金期回帰を踏み台にしたら → 進化になる。
黄金期回帰は、
「オールブラックスを再び偉大にする魔法」ではない。
「偉大だったことを思い出すための松葉杖」にすぎない。
それを外す勇気があるかどうか。そこにNZラグビーの未来がかかっている気がする。



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