653 それでも、走る - 38歳・早田健二のトライ 🎦
2026年1月27日
清宮克幸監督が築き上げた早稲田の黄金時代。その余熱が残る2006年、指揮を引き継いだのが中竹竜二新監督だった。その中竹体制のただ中にあって、入学早々からレギュラーの座を掴み取り、二年次、三年次と大学選手権二連覇の原動力となった選手がいる。中竹政権の終章において、主将として「早田組」を率いた男――早田健二だ。圧倒的なスピードでディフェンスを切り裂き、次々とトライを積み重ねていくその姿は、勝敗以上に観る者の記憶に焼きついた。私にとって、無条件に心を掴まれる選手だった。
早稲田を卒業した早田は、九州電力キューデンヴォルテクスへ加入。チームはトップチャレンジとトップリーグを往還し、やがてリーグワンではDiv.3からDiv.2へと歩を進めていく。その長い時間の中でも、私は早田の軌跡を追い続けていた。だがリーグワン移行後、彼に与えられる出場機会は限られ、年に数試合、名前がコールされるか否かという現実があった。
第4節のNEC戦。解説が藤島 大さんだったため、何の気なしに観始めた。すると藤島さんは注目選手に早田の名前を挙げた。流石は藤島さんだ。
そして迎えた45分。形としては「ごっつぁん」と呼ばれる類のトライだったかもしれない。だがその瞬間、インゴールにボールを置いたのは、38歳になった社員選手の早田だった。リーグワン初トライ――それは数字以上に、時間と覚悟を背負った一撃だった。楕円球への情熱は、年齢や立場によって摩耗するものではない。その事実を、彼は静かに、しかし雄弁に証明してみせた。
また、ラグビーから勇気をもらってしまった。
この競技から受け取ってきたものの大きさに、少しでも報いるために。ラグビーに恩返しができるその日まで、語り、記し、発信し続けていく――そう、改めて心に刻んだ。